久礼・永久町のお遍路さん接待所 |
|
中土佐町久礼の永久町に手作りの「歩き遍路の接待所」があります。この接待所は、2008年の秋ごろに、山本吉信さん・弘美さんご夫婦が自宅前の空き地に完成させたものです。山本さんは、自家用車での四国88ヶ所霊場巡礼の経験を持ち「いつかはお接待をしたい」と思い続け、お二人で協力し合い手作りの接待所を作りあげました。
長沢川を挟んだ南向かいの堤防には、桜の木が数十メートル程植えられており、春には大変美しい桜並木を楽しませてくれます。川を吹き抜ける風も心地いいですよ(^-^)
上久礼橋の袂に「添蚯蚓への近道」と書いた道標を立てたことで、山本さんの接待所はお遍路さんに知られるようになり、利用者が増えてきたそうです。春ごろには、氷をいれたクーラーボックスにお茶が冷やされており、お菓子や文旦、飴など疲れた体に嬉しいものが用意されていました。山本さんご夫婦の温かいお接待で、次の37番札所岩本寺への足取りも軽くなることでしょう。坂本竜馬も歩いたと言われている険しい山道の「添蚯蚓(そえみみず)遍路道」にチャレンジしてみては!?
|
| |
天正19年銘四国中遍路逆修塔(高知県保護有形文化財) |
久礼小学校・中学校間の陸橋から小学校寄り30メートル左の山腹に天正19年(西暦1591年)の年号のある四国遍路に関する石碑があります。その石碑には次の文字が刻まれています。
『四國中遍路ロ七度成就也 敬白
南無大師遍照金剛
為美作國住円心逆修也 天正一九卯辛年
六月廿一日』
この文字からこの塔は、今から約400余年前に今の岡山県の円心という修行僧が、四国中遍路七度達成を記念して建立したものであることがわかります。「逆修」というのは、中世によく行われていた風習で、本人が生前に自分の死後の供養をすることです。現在の「四国霊場八十八か所」は江戸時代初期の1600年代には完成していますが、ではいつ頃、誰により、どのような経過をへて八十八か所が決められたのかというとよく分かっていません。この碑は、四国遍路の研究にとってとても大事なものですので、「中土佐町文化財」に指定されています。平成14年10月 中土佐町教育委員会(四国中遍路逆修塔の案内板より抜粋)
この石塔は、遍路に関する四国最古の石造物で、中世から近世にかけての遍路史研究の貴重な資料として、平成15年3月に高知県保護有形文化財に指定されています。(中土佐町発行「へんろ道<添蚯蚓・大坂〜七子峠・本蚯蚓>」より抜粋) |
|
|
| |
| ページトップへ |