大善寺

四国別格二十霊場第五番札所、四国三十三観音霊場第十四番札所で、「二つ石大師」や「ぼけ封じ観音」として信仰されています。
大善寺土佐藩の豪商・美濃屋が江戸時代後期の文化12年(1815年)に編集した『南路志』によると、大善寺は元々「八幡山明星院大善寺」と呼ばれ、奈良県の僧坊・小池坊の末寺で、弘法大師が開いたと言われています。
1707年までは須崎町古市町にあり、八幡神社の別当寺として寺運を続けていましたが、津波に流されたため古城山のふもとに移ったものらしいです。

※足の不自由な方でも参拝しやすいよう、山頂の本堂までモノレールが設置されています。
毎年8月19日には、お大師様の夏祭り・竜踊りが行われます。

***二つ石大師の由縁***
昔、須崎の入り江は今よりずいぶんと深く、今の大師堂の場所は、海に突き出た岬となっていたようです。ここに「波の二つ石」と呼ばれる2つの大きな石がありました。当時、丘陵を越えて通行しており、干潮時には、この大きな二つ石の端を回り通っていました。しかし、ここは「土佐の親しらず」とも呼ばれる難所で、突然の大波にさらわれる事故が絶えなかったようです。また、この岬は、霊峰石鎚山の南端にあたるとされ、不浄の者が通ると怪異に遭うと恐れられていました。
平安時代前期の弘仁6年(815年)、弘法大師が42歳の時に、四国霊場を創るため須崎を訪れた際にこの話を聞き、死亡者の菩提(ぼだい)を弔い交通安全を祈願ししました。その後、ここに大師堂が結ばれ「二つ石大師」と呼ばれるようになったそうです。
昭和初期には防波堤が造られ、現在「波の二つ石」は土の中に埋まっています。

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●大善寺(だいぜんじ)の情報
住 所 高知県須崎市西町1-2-1
場 所 須崎西ICより車で3分/JR須崎駅車で5分  須崎観光マップC-3
車でのアクセス方法(出発地〜大善寺まで)
お問合せ TEL:0889−42−0800/FAX:0889−42−1855
大善寺HP

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