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観光・梼原町

梼原町の観光案内

梼原町の観光情報・イベント情報・宿泊情報


高知県中西部の山間に位置する梼原町は、幕末の英雄・坂本龍馬が脱藩の際に利用した道(坂本龍馬脱藩の道)や勤王の志士たちの足跡が残ることで有名です。また、千百年以上前から行われている伝統芸能『津野山神楽』は延々と現在まで受け継がれています。さらに、道の駅ゆすはらとしても指定されている太郎川公園には温泉やレストラン等の他、さまざまな野外施設が備わっており、観光客の方にも人気のスポットです。

梼原町の観光マップ
【 梼原町の観光マップ(拡大表示)】
『雲の上の町・ゆすはら』として知られる梼原町は、日本三大カルストのひとつ『四国カルスト』に抱かれた自然豊かな山間の町で、町面積の91%を森林が占めています。標高1,485メートルの天狗森を最高峰に東西25キロメートルにもわたる四国カルストは、晴れた日には南に太平洋、北に瀬戸内海を望む大パノラマが出現し、訪れた人に感動を与えています。 ゆすはら物語: 龍馬脱藩と「土佐源氏」の里で
日本最後の清流・四万十川源流域にある梼原川、清流の代表魚 アメゴや鮎の釣りを楽しむ釣りファンも多く訪れます。川が増水した時に川の流れを妨げない様に考えて作られた橋「沈下橋」(別名「潜水橋」)。四万十川の沈下橋は全国的にも有名ですが、梼原川にもかつて作られた、石薮沈下橋、中古屋沈下橋、宮野々沈下橋、成薮沈下橋、仲間沈下橋、新道沈下橋、仲久保沈下橋、中平沈下橋の8橋の沈下橋が残っています。周りには豊かな自然があり、美しい自然景観を観賞できます。




四国カルスト・天狗高原

四国カルスト・天狗高原 天狗高原は、日本三大カルスト(四国カルスト、山口県の秋吉台、福岡県の平尾台)のひとつ、 大山脈 四国カルストの東側(高知県側)に位置します。 天狗高原の東端に広がる天狗森は標高1,485メートルで、 眼下には標高1,000メートル以上の尾根が連なり、 石鎚連峰から太平洋まで見渡せる大パノラマが展開し、 その雄大な景色に心を奪われます。
四国カルスト・天狗高原
緑豊かな草原の中に、まるで羊の群れのようなカレンフェルトやドリーネといった窪地など、 石灰岩が沢山ある放牧地でもあり、壮大な自然風景を一望できる眺望スポット。 大自然に包まれた四国カルストは、春は新緑、夏は高山植物、秋はススキや紅葉、 冬は雪景色など四季折々の景観が楽しめます。



坂本龍馬・脱藩の道

坂本龍馬・脱藩の道 幕末の英雄・坂本龍馬は、同志澤村惣之丞と共に、 文久2年(1862年)3月24日に高知を出奔し、翌25日に梼原に到着しました。 その夜、梼原の勤王の志士である那須俊平、那須信吾父子の家に宿泊、 26日に俊平、信吾の道案内により、宮野々番所を抜け、 四万川茶や谷の松ヶ峠番所を抜けて、予土県境の 韮ヶ峠を越え、 伊予の国(愛媛県)に脱藩しました。
坂本龍馬・脱藩の道
信吾は、韮ヶ峠より引き返しましたが、俊平は同行し、 小屋村(西予市:旧野村町)、水ヶ峠(大洲市:旧河辺村) を経て泉ヶ峠(内子町:旧五十崎町)に宿泊。 27日、宿間村(内子町:旧五十崎町)に着きました。 俊平はここから引き返し、龍馬、惣之丞は船便にて長浜町へ、 その夜冨屋金兵衛宅に泊まり、28日船で2日を要して 三田尻(山口県)へ到着しました。

維新の門 八志士の群像

維新の門 八志士の群像
幕末の英雄・坂本龍馬や勤王の志士たちの足跡が残る高知県梼原町。 この地には幕末の志士の功績を讃え勇姿を永遠に伝えてゆく 八志士の群像「維新の門」があります。 龍馬脱藩から6年後、明治維新が起こり、近代国家が誕生したが、 その時すでにこの八人の志士達(坂本龍馬、澤村惣之丞、 掛橋和泉、那須俊平、那須信吾、吉村虎太郎、中平龍之介、 前田繁馬)は、志半ばにして不遇な最後を遂げていた。

津野山神楽

津野山神楽
延喜13年(913年)藤原経高が土佐の津野山郷へ入国し、 伊予の国より三嶋神社を歓請して守護神として祀られた時から、 代々の神官によって歌い継ぎ、舞い継がれたものとされています。 昭和20年の敗戦と神楽修得者の減少により、一時廃れかかっていましたが、 昭和23年神楽復興の気運が高まり、「津野山神楽保存会」が設立され、 現在も一千年の歴史を舞い継がれてきた津野山神楽は伝承されています。 津野山神楽は、土佐の神楽の一つとして昭和55年に国の重要無形民族文化財に指定されました。


千枚田

千枚田
梼原町の最初のトンネルを抜けると、山の斜面を天に向かって 築きあげられた千枚田が広がります。 春は、田植えの季節で水がキラキラ輝き、夏は成長した稲の青いじゅうたん、 秋は豊かに実った黄金色の輝き・・・四季折々の表情を見せてくれます。 特に、神在居(かんざいこ)にある棚田は、多くの田んぼを有することから 「神在居の千枚田」と呼ばれ、親しまれています。 梼原町を訪れた作家・故 司馬遼太郎氏は、 天に向かって幾重にも重なる千枚田の様子をみて、 「農業が築き上げた日本のピラミッド。万里の長城にも匹敵する」 と驚きの声をあげたそうです。
棚田オーナー制度

久保谷セラピーロード

久保谷セラピーロード
森林セラピー基地が認定されている高知県梼原町の『久保谷セラピーロード』は、 約3kmの距離で傾斜はなく平坦な道(平均勾配0.6%)です。 ふかふかした苔の道やカサカサした落ち葉の道は変化に富み、 四季折々の表情を見せてくれます。 また、およそ100年もの間、水田を潤わし続けている水路と並行に進んでいます。 水路の水面では森林の緑を映した流れがゆっくりと動く様子を満喫することができます。 久保谷セラピーロードは、久保谷景勝地といわれる渓谷を形成しており、 セラピーロードの下方には荒々しい崖と水しぶきを見ることができ、 川の流れの雄大さを感じることができます。

久保谷セラピーロード・ルートMAP
久保谷セラピーロード・ルートMAP
  • 久保谷セラピーロードで出会える野鳥
  • オオルリ
    夏鳥として全国の渓流沿いの山林に渡ってくる。 順光線で見るオスの羽色は金属光沢があり美しい。 木の頂で、少し立ち加減の姿勢で美しい声で複雑にさえずる。 さえずりの最後にジジッと濁った声が入るのが特徴。 声を頼りに、高い木の頂上付近を見ていけば、出会える確率が高い。
  • アカショウビン
    体長は25cmほどで、ヒヨドリと同じくらいの大きさ。 体の大部分の羽が赤褐色ですが、腰は水色で飛んだ時にこの水色がよく目立つ。 森林に生息するのが特徴で、オスは朝夕や曇りの日に「キョロロロロー・・・」 と尻下がりの声でさえずる。

棚田オーナー制度
神在居の千枚田では、日本で一番初めに、棚田のオーナー制度を始めました。 平成4年から毎年募集し、「四万十川」にちなんで、100uを4万10円(四万十円)で 貸し出す都市農山村交流モデルを生み出しました。 地元農家の指導や管理を受けながら収穫が楽しめるほか、宿泊施設が格安で利用できたり、 旬の野菜が直送される等の特典もあります。 平成18年からは、四万川地区でも合ガモ農法による田んぼオーナー制度が始まっています。 『まるで、ふるさとに帰ってきたかのようだ』と、継続されるオーナーさんの多い制度です。

太郎川公園

太郎川公園
梼原町の魅力を凝縮した自然体験施設・太郎川公園には、 緑豊かな景色の中に設置された「きつつき学習館」を中心に、 草スキー場、花見広場、キャンプ場、野鳥の森といった野外施設が整っています。 また懐かしい昔の田舎が体験できる茶堂や草葺民家、 水車小屋など歴史的建造物まであり、都会の生活では味わうことの できない時間がゆっくり流れています。 ホテル・温泉が敷地内にある自然に囲まれた梼原町の観光スポット・太郎川公園は、 公園全体が「道の駅ゆすはら」としても機能しています。

雲の上のホテル

雲の上のホテル
全ての部屋から大自然が眺められる雲の上のホテルは、太郎川公園内にあります。 「美人の湯」と呼ばれる源泉かけ流しの雲の上の温泉は、 日帰り入浴可能。四万十川源流の川魚や、ゆすはら町名産「かよ卵」を使用した 特製チーズケーキが召し上がれる雲の上のレストラン。 その他、雲の上のレストラン雲の上の温泉雲の上のプールライダーズイン雲の上などの 宿泊・飲食・娯楽施設も同公園内にあります。 なお、雲の上のホテル、雲の上のレストラン、雲の上のギャラリーの設計は、 有名な建築家・隈研吾氏の手によるものです。

龍馬脱藩マラソン大会

龍馬脱藩マラソン大会
日本の新時代を求め続けた坂本龍馬をはじめ、 幕末の志士達が己の夢を追いかけて駆け抜けた「脱藩の道」を 数多くの参加者達が、梼原町の自然とふれあいながら己の限界に挑戦します。 フルマラソンの部では、梼原町役場をスタートし標高差約550m、 山道約400m含む42.195kmのコースを走ります。

掛橋和泉邸

掛橋和泉邸
神職の身でありながら、家財を費やし脱藩を志した多くの同士を支えた、 掛橋和泉の邸宅。幕末には、多くの同志が立ち寄り、時局を談じたと伝えられています。 茅茸き屋敷や、危難時に使う屋根裏の隠し屋敷(姫隠しの間)など、 当時の面影もそのまま残っています。平成10年、現在地に移築されました。

三嶋神社

三嶋神社
津野山郷の開祖・津野経高が梼の木が多いこの地を梼原と名づけ、 延喜19年(919年)竹の薮より移り居城を築き、梼原宮首に伊豆(静岡県)より 三嶋神社(梼原町指定文化財)を観請したと言われています。 秋には、国の重要無形民俗文化財に指定されている津野山神楽が奉納され、 境内には津野家代々を祀る津野神社、樹齢約400年の朝鮮松(ハリモミ)、 桂月大町芳衛書の鎮座千年碑、木で作られた神馬などがあります。

ゆすはら座

ゆすはら座
高知県唯一の木造芝居小屋です。昭和23年に建てられ、 平成7年に現在の場所に移転復元したものです。 大正時代の和洋折衷様式を取り入れた建物で、 芝居や歌舞伎、映画上映などで住民の娯楽施設として親しまれてきました。 平成6年に檮原町の保護有形文化財に指定、保存されています。 現在まで、芝居や歌舞伎、映画上映など住民の娯楽の殿堂「梼原公民館」として親しまれてきました。

八百とどろ

八百とどろ
日本最後の清流といわれる四万十川、その支流「梼原川」の中平から松原の間は、 川床岩盤で両側が切り立ち、急流が長く続いていて、八百轟(はっぴゃくとどろ)と呼ばれています。 四国(土佐)原産のバラ科トサシモツケ(土佐下野)の群生地で、 5月ごろには可憐な白い花が満開となります。

歴史民俗資料館

歴史民俗資料館
歴史民俗資料館は、津野経高が913年に京より入国して以来の津野山文化の 変遷を伝える民俗資料などを展示しています。 津野山神楽をはじめとする信仰文化や、縄文時代前期から各時代の遺物や遺品、 町内で作製された道具や、使用された物などが約6,000点が展示されています。

茶堂

茶堂
町内各地に13棟が保存されているお茶堂。 その起源は、弘法大師、考山霊、三界万霊を祭り、厄払招福の祭り。 木像、石像等の諸仏を安置して祀り、津野氏の霊を慰め、 地区民が輪番で行路の人々に茶菓の接待を行い、 信仰と社交の場としての役割を果たしてきた。

沈下橋

沈下橋
梼原町内に現存する沈下橋は、石薮沈下橋、中古屋沈下橋、 宮野々沈下橋、成薮沈下橋、仲間沈下橋、新道沈下橋、仲久保沈下橋、 中平沈下橋の8つです。沈下橋は、別名潜水橋とも呼ばれ、 欄干がなく川の増水時は水没し川の流れを妨げないようになっています。